加藤段蔵

山名宗全

 
加藤段蔵 ?〜?
(かとう だんぞう)

通称「飛び(鳶)加藤」。戦国期で
最も異能の忍者のうちの一人として知られる。

永禄年間に活躍したとされる。信州戸隠山を
本拠にする「鳶ノ一族」の忍者。
伊賀忍者とする説もあり。一説に
常陸国秋津の生れとある。
藤原景通の末裔である加藤氏の分流で、
加藤段右衛門景介という人が信州戸隠山の
鳶法師を頼って鳶ノ一族に交ざったのが
祖であるともいわれる。
早い話が、どこの生まれかよくわからん。

幻術を得意とし、上杉謙信に仕えるべく越後へ行く。
春日山城下で民衆に「呑牛ノ術」などを
披露して驚かせる。

その噂が伝わり城内に招かれ、謙信は腕を試そうと、
重臣の直江山城守が自宅に所持する名刀を
盗ってくるよう段蔵に申し付けた。
山城守の屋敷には、「村雨」という番犬がおり、
容易に侵入が難しかったが、
段蔵は「逢犬ノ術」を用いて、毒入りの焼き飯を
村雨に食べさせて殺してから侵入した。
そして、名刀と一緒に証人として
11歳の少女を背負って城に戻ってきた。
しかし、謙信は段蔵の性根を見極めた上で、
内通されるとその技が仇となると感じ、
山城守に討取るよう命じた。
段蔵はその事をいち早く察知して逃亡したという。

その後、武田信玄に引見するが、やはり
魑魅魍魎の類と見なされ、土屋昌次に斬られたとも、
馬場信房の屋敷にて射殺されたともいう。

○「呑牛ノ術」 牛などを一気に飲み込む術。
一種の催眠術である。中には金儲けにつかう者もいた。





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