斎藤義龍

毛利輝元

           父・・・斉藤道三  母・・・土岐頼芸の側室

父である斉藤道三を討ち、下克上により美濃国を支配した、
斉藤家二代目当主。
身長6尺5寸(約2メ〜トル)で、
馬上でも地に足が着くほどの巨漢であったらしい。
義龍の母は元美濃国主、土岐頼芸の側室であり、
道三に嫁いでからたったの7ヶ月で義龍が誕生。
義龍は道三の実子ではなく頼芸の息子だという説もある。
さらに、道三が小柄なのに対し義龍は巨漢だった。
性格も正反対でおっとりしてのんびり屋であったという。
その為、道三は本当の我が子とは思わず、
義龍を跡継ぎにしないと言い出し、
道三との関係は悪化していった・・・・

それでも或る日、道三は隠居し義龍に家督を譲る。
道三が隠居した理由は頼芸の子であると
言われている義龍に家督を相続することで
義龍に接近していた土岐派勢力を抑え、
裏で義龍を操ろうとした狙いがあったと言われている。
いずれにせよ家督となった義龍はこの隠居により
自らの危機を感じ、重臣や土岐派勢力を味方につけ、
弟達を急襲、討ち滅ぼすと、
道三に対し、宣戦布告を行った。
すぐに道三は軍勢を集め、応戦しようとするが、
すでに多数の家臣、勢力が義龍側に味方しており、
道三には少数の軍勢しか集まらなかった。
そして二度の合戦の末、義龍は道三を
討ち、美濃一国を完全に掌握した・・・・・。





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