明智光秀 第六章

watanabe

義昭のやり方に不満を持った光秀は、義昭と袂を分かち、
信長の直臣となった。・・1570年4月越前国。
信長は数万の大軍を率い、盟友・徳川家康とともに
光秀の前主君・朝倉義景を攻めた。
織田・徳川連合軍の前に、朝倉の城は次々に落城。
金ヶ崎城の朝倉影恒をも下し、もはや一乗谷は
目と鼻の先である。だが・・。「金ヶ崎城も落ち、
一乗谷城は目前。朝倉義景の命、手中に収めたも
当然となりましたなぁ。」信長の家臣がそういったときだった。
「伝令!」一人の兵士が顔色を変えて信長の元にやってきた。
その場にいたもの全員は、何事かとその兵士の方を見た。
そしてこの兵士の口から、とんでもないことが告げられた。
「浅井軍、朝倉軍救援のため、この金ヶ崎城に
進軍中の模様!」「なっ・・!」みな青ざめてしまった。
浅井の裏切り−。想像もできぬことだった。
実はこの出来事、浅井の家臣の暴走によるものだった。
織田との同盟に反対していた家臣が、
信長が朝倉攻めに際して浅井に一報を入れなかったことから、
隠居中の久政をかつぎ出し、
長政に対し織田軍への進撃を提案したのである。ここで、
長政の優柔不断な性格が出てしまう。
長政はどうするか決められなかった。
その間に家臣が独断で信長に攻撃を仕掛けたのであった。
光秀の予想が当たってしまった−。
浅井の攻撃理由はどうあれ、
織田軍が危機に陥ったことに変わりはない。
「やむを得ぬ・・か。京へ戻る!」
前後から挟まれた信長は撤退することを決めた。このとき、
殿軍を願い出たものがいた。「信長様、
このサルめが敵の追撃を止めて見せまする!」と。
木下秀吉であった。「よかろう・・。サル、
信長を見事逃がして見せよ!」信長もこれを認めた。
秀吉が決死の覚悟であることは、
誰の目で見てもわかっていた。そして「光秀、
うぬもここに残れ。サルとともに、浅井・朝倉を止めて見せよ!」
「ははっ。」光秀にも、殿軍の役目が言い渡された。
織田軍は、木下秀吉・明智光秀・木下秀長・蜂須賀正勝・
池田勝正・山内一豊らを残し、京に向けて撤退を開始した。
金ヶ崎に残った織田の兵はわずかである。浅井・朝倉勢は
目前に迫ってきている。死と隣り合わせの危険な戦闘が、
今まさに始まろうとしていた。 (明智光秀 第七章に続く)





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