明智光秀 第一章

watanabe

時は今 雨が下しる 五月哉-。 明智光秀が
本能寺の変の直前に詠んだ句である-。 光秀は
土岐の明智氏の息子として生まれた。若き頃は
斉藤道三に仕えたといわれているが、定かではない・・。
1568年、越前朝倉氏に仕えていた光秀の下に、
ある男が尋ねてきた。足利義昭である。三好三人衆に
兄・足利義輝を殺され、自身の身も危うい立場となったため、
朝倉義景を頼って逃げてきたのである。義昭は、
義景に上洛をするように 何度も要請する。
しかし義景は一向に京を目指そうとはしない。
困り果てた挙句、義昭は、自分の接待役である光秀に
相談しに来た。「義景殿にも呆れたものじゃ。あれでは、
いつ私が将軍になれるかわからないではないか・・。
のう、光秀。誰かこの義昭を、すぐにでも
将軍にしてくれるようなものはおらぬものか。」
それに対して光秀はこう答えた。「たった一人だけ、ですが、
それができる人物を私は知っております。」
「そ、それは誰じゃ!?」義昭は驚いたように聞き返した。
光秀はそれに答えた。「それは・・、
尾張の織田信長様にございます。」織田信長は1534年に、
尾張の国に生まれた。初めはうつけと呼ばれていたが、
1560年、桶狭間で今川義元を討って以来、
頭角を現していた。光秀は信長よりも年上だったが、
信長には大きな力があると感じていた。「義昭様、
よろしければこの光秀が信長様の下へと
お連れいたしますが・・。」義昭は少し考えた。
だがもう義景を頼ってもだめだと思ったので、
信長の下へ行くことにした。「よし、では頼むぞ、光秀。」
「ははっ。」こうして光秀は、信長と面会することとなった。
それが、日本の歴史を転換させる前触れとなるとも
知らずに・・。(明智光秀 第二章に続く)





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