歴史小説16

石田三成殿からの投稿

漢の再興



第三章   夏候覇の決断
 
  夏候覇は目を覚ました。なにやら外が騒がしい。刀を打ち合う音、
 馬のいななき、断末魔の叫びなどが夏候覇の耳に飛び込んできた。
 「何事かッ!」
 夏候覇は跳ね起きた。
 「我が軍の者達が戦を起こしております。」
 「馬鹿なッ!」
 そのころ司馬昭は丘の上から静かに状況を眺めていた。
 「首尾は上々だな。」
 後ろで声がした。司馬師であった。
 「今頃は奴も死んでいるでしょう。」
 「だが、本当に良いのか?」
 「実は、このような話を聞いてしまったもので・・」
  四日前、洛陽にて
軍議の後に夏候覇は曹叡に呼ばれた。
 「仲権(夏候覇の字)よ、司馬兄弟をどう見る。」
 「信をおけませぬ。」
 「そこで御主には司馬兄弟の監視をしてもらいたい。
  逆心ありと分かったならばすぐに洛陽へ知らせてくれ。
  そして勝利を得たならば司馬兄弟を葬れ。」
 「承知しました。」
 この会話を影で聞いた者がいた。司馬昭であった。そこで彼は
 夏候覇暗殺を決意したのであった。
 
 「なんと、そのようなことが・・」
 「さて、そろそろ奴も死んでいましょう。様子を見てきます。」
 一方、騒ぎの現場では夏候覇が必死に騒ぎを静めようとしていた。
 「静まれー、静まれ。」
 だが、収まるはずもなかった。騒ぎを起こしているのは、
 司馬師の手勢である。
 「クッ、さては計られたか!」
 「殿、ここは危のうございます。ウワッ」
 兵卒の声が悲鳴と共に響いた。
 「おのれー、覚えておれよ!」
 夏候覇は怒りをにじませた声を発した。
 彼は、すぐさま己の愛馬にまたがり、
 一路あるところを目指し駆けだした。曹叡のいる洛陽へと。
 
                  二
 司馬師が異変に気づいたのは騒ぎの収まった頃であった。
 丘を降りたあとに見た光景に司馬師は驚いた。
 「ムッ、もぬけの空ではないか!昭、どうするのだ!
 このままでは我らの命が・・・」
 「安心してください。逃げたとなれば奴は洛陽へ向かうはず、
 そう思って私の配下を先回りさせておきました。」
 「どこまでも頭の回る奴よのう。」
 司馬師の自分の身体に冷汗が流れるのを感じた。
 翌日、夏候覇は休むことなく洛陽へ駆けて行った。
 愛馬の疲れも極みに達しようとしたとき、
 林から一軍が飛び出てきた。十人ほどいるであろう。
 「夏候覇、死ねー!」
 「クソ、先回りされていたとは。」
 夏候覇を囲むようにして刺客達はじりじりと間合いを詰めてきた。
 (突破しかないか・・)
 夏候覇は馬の向きを変えた。
 「ウオ−ッ!」と吠えるとともに向きを変え走り出した。
 馬蹄に弾かれる者、刃にその身を断たれた者、
 背を向け足早に立ち去る者。
 刺客達は彼を仕留めることはできなかった。
 包囲の突破に成功した夏候覇であったが、
 身には傷を負いこの先のことに悩んでいた。
 (どうする?もはや洛陽へは向かえん。陣中へは戻れぬ。
 俺はどうすれば・・・)
 夏候覇は考えた。
 (いや、まだ道はある。蜀に降ろう。
 蜀も俺を悪くは扱うまい、よし行こう。)
 思い立った彼は潼関へ向かおうとした。
 だが愛馬は低く鳴いただけだあった。
 「よしよし、そうか俺をここまで連れてきたのはお前だったなあ。」
 逃げている間に西の空は金色に輝いていた。
 夏候覇は今日はこのあたりで休む事にした。
 周りを見渡すと近くに農家を見つけた。
 「あの家で休ませてもらうとするか。よしあと少しだ頑張れるな?」
 彼の言葉に愛馬はうなずいた。彼は馬を降り引いてやった。
 一里ほど進んだ所に農家はあった。
 「主、おるか。」扉が開き主が顔を出した。
 「こんな夜に誰じゃ?」主は夏候覇を見ても驚かなかった。
 老人だった。髪は真っ白、年のころは八十をこえているかもしれない。
 左の眼が少しずれている。どことなくの風格の漂う人物であった。
 「宿を貸してくれぬか?」夏候覇は言った。
 老人は彼を見ていたが不快そうでもなく、
 「まあ入れ。」それだけ言った。中へ入ると
 そこには異界を思わせる空気が漂っていた。
 寝台を見ると夏候覇はそのまま寝てしまった。


                  三
 目が覚めると、外が騒がしかった。嫌な予感がし、
 慌てて飛び起きると外には、軍勢ばかりだった。
 「大変なことになったのう。」いつのまにか老人が立っていた。
 「どうやら長居はしていられません。御老人、御世話になりました。」
 「いやいや、世話なんてもんじゃないさ。
 それより御主、潼関に生きたいんじゃろ。」
 「エッ、な、なぜそれを・・」夏候覇は驚きながら言った。
 「勘じゃよ。」老人はあっさりと言った。老人は言葉を続けた。
 「裏口から出ろ。そこに御主の馬も移しといた。」
 この老人に敵意はないと夏候覇は感じた。
 「重ね重ねの御厚意痛み入ります。」
 言われた通り夏候覇は裏口から外へ出た。
 魏兵たちの殺気は感じられなかった。夏候覇は愛馬にまたがった。
 潼関へ向かって彼は勇んだ。
 「よし、ハァ」
 「まぁ待て。」老人が声をかけた。
 「ちょっと待っておれ、餞別の品を持ってくるから。」
 そう言って老人は中へ戻っていった。夏候覇は慌てて馬を止めた。
 「いったい餞別の品とは?」直後、老人は戻ってきた。
 手に埃の着いた紙の束を持ってきた。
 よく目を凝らすと本らしかった。三冊といったところか。
 「この本は?」夏候覇は尋ねた。
 「読めば分かる。己の身に危険を感じたら読め。」
 「分かりました。それでは、御達者で。」
 「御主もな。」
 老人の言葉が終わると共に夏候覇は潼関へと駆け出していった。
 しばらくして夏候覇は馬を止め本を取り出した。
 埃を払ってみると本の題名が見えた。
 この題名を見た夏候覇は驚いた。
 この本の題名はこう書かれてあったからだ。
             『遁甲天書』
 「とんこうてんしょ?まさか。」そこへ一人の童子が歩いていた。
 夏候覇は童子に声をかけた。
 「これ、少年向こうの家の住人を誰か知っておるか?」童子は答えた。
 「うん知ってるよ。あそこのおじいさんはね烏角先生という人だよ。」
 「そうか・・ありがとう。これで失礼する。」
 夏候覇は進みながら考えていた。
 (遁甲天書、烏角先生、老人・・・間違いない、あの老人は左慈だ。)
 左慈とは何者か、夏候覇はどうなるのか。これは次回述べるとする。


                             次回へ続く





投稿本当にありがとうございました。

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