歴史小説14
水無月生まれ殿からの投稿
「新説・桶狭間1」
歴史物は初めて書いたんで、拙い所が有るでしょうが、
広い心で見てください。
注意:この話の大前提として、桶狭間直前の元康の行動が1日早いです。
新説・桶狭間1
「暑いな…」
手にした扇で胸元に風を送りながら、そう呟く。
季節は夏。この所、うだるような暑さが連日続いている。
(こう暑いと兵達もたまってものではないな)
何の気もなしに、部屋から僅かに見える空を眺める。
「雨でも降るかな」
そんな事を考えながら、大高城の一室に、松平元康は居た。
「鵜殿長照に変わって大高城に入り、休息せよ」
主君・今川義元にそう命ぜられ、元康が落としたばかりの丸根砦から
大高城に入ったのは、昨日の事である。
丸根砦攻略において目覚ましい活躍を見せた三河衆に、
織田本軍との一戦においても働いてもらう。その為に、
今は英気を養わせておこう。
それが義元の考えであった。
「元康様」
風通しを良くする為、開けっ放しの襖の向こうに、一人の男が現れた。
「おう、元忠か!どうだった、織田家の様子は」
元忠と呼ばれた男、鳥居元忠は部屋に入ると胡座をかき一礼する。
「たった今、保長殿の部下が帰って参りました。織田勢未だ動かず、
との事にございます」
そうすらすらと答えた。
姿は、いかにも三河者らしく屈強な体躯である。
「ふむ、丸根・鷲津の陥落を聞いても、何も動きがないか…他のは何か」
「はっ、されば今一つ。清洲城の軍勢に動きはありませぬが、
草の者が何やら盛んに活動しているとの事です」
戦時、忍びが活発に動くことは当然の事である。
しかし、元康は何か引っかかるものを感じていた。
何か根拠があってのものではなく、純粋な直感であった。
或いは、虫の知らせと俗に言うものであったのか。
「信長殿…」
元康の脳裏に、かつて吉法師と呼ばれた男の顔が浮かぶ。
「俺は天下を取ってやる!」
初めて会う元康(当時竹千代)に、「夢はあるか」と訊ね。
「父上や母上に会いたい…」
と答えられると、信長はそう言って、
「そうすれば、お前を家臣にして、お前と親父やおふくろを
一緒に住まわせてやるさ」
と続けた信長の、自身に満ちた顔が何故か思い出される。
何て事のない戯れ言だったのだろうが、
何故か彼が言うと本当になりそうな気がした。
タタタタタ…
何者かが廊下を駆ける音に、元康はハッと現実へ引き戻された。
「元康様…」
今駆けてきた者が息も絶え絶えに言う。
「半蔵…半蔵ではないか!如何した」
半蔵と呼ばれた若者に、慌てて元忠が駆け寄る。
半蔵は服部正成と言い、先の服部保長の息子で今年数え年で19。
元康と同い年である。
三年前の三河宇土城攻めでは伊賀者を率いて活躍し、武名を上げている。
「元康様、織田が…織田信長が動きました」
「なにー!」
「…」
驚きの声を上げる元忠に対して、元康は黙したまま報告を聞く。
「先の、知らせを送った後、清洲城を見張っておりました。明け方になり、
信長が単騎…城を飛び出し、熱田の方へ…」
どうやら怪我を負っているらしい。途中何度も息を付きながら話す。
「いったん、熱田で兵を集めた信長は、その内二千を率い、
善照寺へと…向かいました」
「その傷はどうしたのだ」
気になっていた事を、訊ねる元康に、半蔵が答える。
「はっ、その後、我らは織田の手の者に見つかり…
父は急いで元康様に報告せよと。傷はその時に…」
「そうか…ご苦労だったな、半蔵。今は下がって休め」
「それでは其れがしがお連れもうす」
そう言って元忠は半蔵に肩を貸した。
「…」
それに半蔵は、無言で頭を下げる。本来、無口な男なのだ。
「やはり動いたか…信長殿…」
二人が去った後、元康は独りそう呟いた。
その時、二人と入れ違える様に、男が入ってきた。
「殿…宜しいですか」
「おう、忠次か。今呼ぼうと思っていたとこだ。実は織田が…」
「子細は保長殿の部下より聞いております」
酒井小平次忠次。松平家古参の家柄で、一門のも連なる重臣である。
元忠ほどではないにしろ、しっかりとした体付きである。が、
その雰囲気は知的なものを感じさせる。
単なる猪武者ではない事が伺える。
「で、殿。如何なさいますか」
「!!」
今すぐに救援に向かうか、と聞いているのでは無い。
そこにはもう一つ、もっと深い裏の問があった。
『救援に向かうか。それとも…』
(もし、仮にここで義元公が亡くなれば…)
元康の胸中に突如、尋常ならざる想いがわき上がる。
否、それは以前から元康の中で芽生え、
澱み心の奥深くに沈んでいたものである。
さながら湖水の底に沈殿する泥の様に…
忠次は的確に、この元康の思いを見抜いていたのだ。
(三河。松平の独立か…)
深く息を吐き、眼を閉じると、これまで元康が見てきた様々な情景が、
走馬燈の様に、元康の中を駆け抜けていく。
幼き日。城を去る母の後ろ姿。優しかった父。大勢の家臣達。
織田家での人質生活。まだ、『うつけ』と呼ばれていた織田信長。
今川家。周囲の冷たい目線。全てを学んだ偉大な師・太原雪斉。
陰口をする者達。何かに付け気にかけてくれる主君・今川義元。
貧しい家臣。妻と子。
そして、十数年ぶりに再開できた母。
元康のこれまでの全てが駆け抜けていった。
(一瞬。俺の人生こんなものか…)
元康は再び眼を開いた。
「…」
忠次はじっと、この若き主君の結論が出るのを待ち続けた。
自分の考えはあった。しかし、答えを出すのは元康である。
家臣が口を出して良いものではなかった。
たとえそれが、いかなる答えであっても…
しっかりと目を閉じ、考え込んでいた元康が、カッ!と目を開いた。
「お決まりになりましたか」
口を真一文字に結んだまま、元康が頷く。
「して、我らは如何するので」
次の、元康の一言で、自分たちの全てが決まる。
残された時間はあまり無い。はやる心を抑えて、
忠次は元康も答えを待った。
もう一度、深く息を吐き、元康が口を開く。
その答えは…
続く
投稿本当にありがとうございました。
戻る