歴史小説10

石田三成殿からの投稿

漢の再興



第二章       謀略の司馬兄弟
 
                       一
 諸葛亮の死から十日が経っていた。魏延を総大将とする蜀軍は
洛陽に向かっていた。夕日が魏延の顔に照り付けていた。
秋とはいえまだ日は強かった。魏延は一度軍を停めた。
参謀の姜維を呼び出し今後の策を練った。
 「おい、姜維よ、ここいらで休むとするか。」
 「うむ、それが良いだろう。ではここで休もう。」
姜維は、全員に休息の旨を伝えた。
 一方、洛陽では、魏二代皇帝、曹叡が
重臣達と蜀軍撃退の軍議を開いていた。参加者は、
・司馬懿の長男、司馬師。
・同次男、司馬昭。
・夏候淵の長男、夏候覇。
・司馬懿の副将、郭淮。
そうそうたる顔ぶれだ。
 物々しい雰囲気の中、曹叡が口を開いた。
 「孔明が死んだとはいえ、もはや蜀軍は、勢いづいておる。
どうすれば良いかのう?」
 今は亡き司馬懿の長男司馬師が
 「陛下、それがしに五十万の兵をお与え下さい。
昭と共に父の仇を討たせてくだされ!」
 と言った。
 「うむ、まあ待て・・」
 曹叡は凡庸ではなかった。司馬一族が謀略を持って、
魏を滅ぼそうとしているのは読めていた。ここで蜀軍を討ったとしても、
司馬一族に発言権を持たせるだけである。だが、司馬師、司馬昭以外に
蜀を討ち滅ぼせる者もいなかった。曹叡は決断を迫られた。
 「陛下、父の仇を討つのは子の成すべきこと、
二心あらばこの首差し出す所存。」
司馬昭が部屋中に響き渡る声で曹叡へ怒鳴った。
あまりの剣幕に曹叡も承知せざるをえなかった。
 「そこまで申すのなら良かろう。ついでに夏候覇も付けておこう。」
 「承知!」
兄弟は声を揃えた。
 曹叡は出陣に当たり、司馬師に全権を委ねた。
司馬懿に変わり司馬師が大都督に就任した。将軍位は大将軍。
司馬昭は車騎将軍となった。
 翌日、魏軍は洛陽を発った。その頃、蜀軍は、洛陽と長安の間に位置する、
潼関へ向かっていた。
潼関は、かつて、曹操と馬超が争った場所であった。
蜀軍は潼関へ到着した。
いきなり温厚誠実で知られる馬岱(馬超の従兄弟)が眼を見開き
洛陽の方を睨みつけていた。
 
                    二
 「おい、馬岱、どうしたんだ。」
姜維の声で馬岱は我に戻った。
 「いや、なんでもない」
こう言って馬岱は、その場を立ち去った。
 「まさか、馬岱の奴」
 馬岱にとって、ここ潼関は因縁の地だった。
叔父の馬騰は曹操により、暗殺されたのであった。
その後、命からがらで西涼へ戻り馬超にそのことを告げた。
怒り心頭に達した馬超は二十万の大軍を率い曹操に仇討ちを挑んだ。
だが、曹操に政略で敗れ馬一族は、離散したのであった。
 「思い出してしまったのであろう」
その夜姜維は、魏延を呼び出した、
 「明日戦を仕掛けようと思う。」
 「フム、それはお前に任せる。だが先鋒は誰にするんだ?」
 「馬岱を行かせてはどうだ?」
 「なぜ馬岱だ?」
 「お前も丞相から聞いたことがあろう、馬岱にとってここは恨みある地、
ならば奴も奮戦してくれるであろう。」
 「よし、では明朝軍議を開くとしよう。」
 朝になった。諸将は幕舎へ集まった。
 「それでは、軍議を始める。それでは姜維、説明してくれ。」
 姜維はうつむいている馬岱を一瞥し、一礼すると
 「狙いはこの潼関、先に先鋒を行かせる。先鋒は馬岱。」
 馬岱は驚いた、まさか自分に先鋒が廻るとは予想だにしていなかった。
 「ハッ、承りました。」
 「その後、魏軍をおびき寄せ私と魏延が伏兵で魏軍を包囲する。」
 「お待ちあれ、それがし達に御役目は?」
 声の主は五虎将軍の関羽、張飛の遺児、関興、張苞であった。
 「貴殿たちには魏軍を討ち漏らしたときに備え、
別働隊を率いて潼関を落としてもらいたい。」
 「ハッ!」
 「ハハッ!」
 一方の魏軍は、進軍中であった。

                    三
 休息中の司馬昭のもとへ蜀軍潼関攻撃中の報がもたらされた。
司馬昭は、独自の情報収集集団を組織していた。
 「兄上、蜀軍が潼関を攻撃している模様、いかが致します。」
 「何?蜀が動いただと?」
この司馬兄弟たちは、兄の師はやや剛毅な所があったが、
弟の昭は父の冷徹な計算家ぶりを受け継いでいた。
しかし二人は謀略に長けており父の司馬懿と結託し魏を滅ぼそうとしていた。
司馬親子は、水面下である密計を立てていた。
その密計とは、魏の二代皇帝、曹叡の暗殺を企てていたものであった。
 だが、その計は父、司馬懿の戦没により水泡へ帰したのであった。
 司馬師は決断した。
 「よし、出陣じゃ!軍議を開け!」
 「兄上、お待ち下さい。あの夏候覇、この場にいるとなにかと面倒です。
今のうちに始末しておきましょう。」
 「フム、それも一理ある、だがどうやって?」
 「簡単です、兄上の手勢のうち数百人を用意し
夏候覇の旗を指しておきます。夜闇に紛れてこの裏手にある山に移動させ、
この陣に攻め込ませます。
そうして奴が謀叛を企んでいるということにしておきます。
その後刺客を送り奴を葬ります。なに、
乱戦の中で死んだとすれば良いでしょう。いかがでしょう、
兄上の御裁可をいただきたいと思いますが。」
 「わが弟ながら恐ろしい、よかろう任せる。」
 司馬師の顔に汗が浮かんでいた。この謀り事は
兄弟のみが知っていることであった。
 その後軍議が開かれた。諸将は
虎に目をつけられた鹿のように硬直していた。
 司馬師がまず事の次第を伝えた。その後司馬昭が作戦の説明をした。
その作戦とは、全軍を三つに分け
潼関を攻撃中の蜀軍の包囲殲滅を図るものであった。
 「諸君、この作戦をどう思うか?意見を述べさせて頂きたい。」
誰一人口を開く者はいなかった。下手に司馬一族へ意見を述べれば
自分が討たれる、と思っていたからだ。
 「意見が無いのなら、これにて軍議を閉じる。出陣は明日の明朝、
しかと心得よ。」
 司馬師の一言により諸将たちの顔から緊張の色が消えていった。
その夜、ある一軍が闇の中を進んでいた。月光に映えて見えた旗には、
「夏候」という字がはっきりと
見えた。昼の陰謀を実行するためであった。
夏候覇は露知らずただ眠りの床についていた。秋の夜を風が吹き抜けていた。

次回に続く。





投稿本当にありがとうございました。

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